欠けた宝石

よく覚えております。
それは若い男女でした。

男の方は信じられないほど無口で声をかけても一切反応しませんでしたが、
女の方は力強い笑顔でした。

あれは雨の日だったと思います。
若い男女で、女が男を肩でかついでよろよろと私の店に入ってきました。
二人ともずぶ濡れで、私はタオルを渡し、温かい飲み物を尋ねると二人分の紅茶を女は頼みました。

男は目の焦点があっていないと言うか、どこか遠くを見てぼーっとしているようでした。
女が男を肩からおろし、椅子に座らせるとだらんと両手をぶら下げ、死んでいるのかと不安に思いましたが
時折、店外の音に反応して頭を振っている様子から死んではいないようでした。

私が二人に紅茶を出すと、女の方が切り出しました。
ここに兵士は良く来るのか?と尋ねてきたと思います。
私の喫茶店から40kmのところが前線ですのでこのような質問をしたのでしょう。
よくいらっしゃいますよ、そう答えると彼女は満足げに笑顔で椅子に座り直しました。
彼女は紅茶を飲みながら落ち着いた様子で、まだ店は続ける気なのか?と。
私はこの地で生まれ育った身、最後の最後まで居続けるつもりですとお答えしました。

その時、遠くの方で砲撃音のようなドーンと言う音が響いたのをよく覚えております
連れの男がその音に驚いて椅子から落ちそうになりましたが、女がぱっと手を前に出して男の腕を掴みました。
女は男に何かぼそぼそと話しかけていました。落ち着くようになだめていたのでしょう。
男はそれを聞いて落ち着きを少しずつ取り戻しましたが、それでも不安なのか全身を少しイラつかせたように小刻みに動かしていました。
私は女に連れの男について聞きました。
どうも前線のさらに向こう側の、既に惑星意識下に占領された地域出身のようでした。
二人はその後、特に何をするでもなくひたすらのんびりと椅子に座っていたようでした。

夜になり、閉店の時間も迫ると女の方が尋ねて来ました。
泊まる宛も無いし、この店のソファーでいいから寝かせてくれないかと。
正直、こうなるとは思っていました。
二人は移動用の交通手段を持っているわけでもなく、必要な物資やリュックサックすら見当たらなかったですから。
念の為、貴重品を全て隠し、お金も金庫に仕舞ってから二人を泊めました。

翌朝、女は寝ていて、男の方は起きていました。
男の方は情緒不安定なので会話するのに少し不安でしたが、男の方から話しかけて来ました。
緊張や不安で短時間しか寝られない体質だと。
なので少しでも緊張が和らぐように香りの良い紅茶と、ハムとキャベツを挟んだサンドウィッチを男に差し出しました。
男は大変満足したのか、色々語ってくれました。

ベンファーマ特異部隊と呼ばれる人達が、惑星対話を試みるために都市区画B2で実験をしたこと、
自分の出身都市が軍事研究都市で、いわゆる閉鎖都市であり、地図にも載らなければ都市に正式な名前すらないナンバリング都市。
本来であれば一生そこから出られない都市であること。
軍の任務を帯びて惑星対話の成果をブダペストに持ち運ばなければいけないこと。
持ち運ぶ途中で、惑星意識の代理人を名乗る集団に捕まったこと。
そして代理人集団に惑星対話成果を全て奪われ、対価としてこの女が与えられたこと。
この女が惑星対話の産物であること。
この女が人間であるかどうかも分からないこと。

そこまで話したところでもう片方の女は起きてきて、こちらに話しかけてきました。
女が言うには、男は極度な精神的摩耗状態であり、妄想を併発していると。
その証拠に男の診断書も見せてくれました。
そして男とは結婚するつもりで、私はここにいるのだと。

その日、軍の補給部隊の帰還トラックに二人を乗せて都市部の方へ帰しました。
確か、ええ、そのトラックはオルトだったがアルトだったか部隊名を名乗っていました。
二人がなぜここへ来たのか。
男の言うところは全部が妄想なのか。
何が真実なのかは私には分かりません。

ただ男は、わざとか本当に忘れたのか一つの手帳を店内に落としていました。
手帳にはただ一言、助けて欲しい、と書かれていました。

彼が何を思ってここまでやったのかは分からないし、今こうやって私の目の前にいる査問官の貴方も気になるところでしょう。
しかし、私が貴方に手渡したこの手帳と私の記憶以外は本当に何も知らないのです。

<– 惑星意識戦争 戦時記録ファイル 前線査察 特殊失踪B2に関する特務 査問官報告書より –>