ノヴァ管理機構 Log000-18 AugmentGear

人類の歴史とは言ってみれば環境適応と環境改善の歴史である。
変化、悪化、改善される各種環境に常に適応し、強化し、弱体化し、破壊や創造を行った。
環境変化こそが人類に許された優越種の権利である。

優越種権利は万物の霊長として、あらゆる根幹および存在の定義に干渉可能であり、
その全てに対して価値の付与を意味する。
それら選択肢は当然我々自身も含む。

神話時代から御魂を授けられた人類の器もまた、人類自身がそれらを超えるべく強化、改造、改善の対象であり
我々優越種は存在全てにおいて再定義可能な創造者である。

<– ノヴァ管理機構 歴史記録素子保管庫 惑星意識戦争 戦時記録ファイル 第一回人類会議 開催地バンコク主催者演説より –>

アイラの記録

私はその日、部下のライドウがドアを蹴破る勢いで激しく入室してきたことを覚えている。
彼は眼が興奮し、足は震え、手が無意味に激しく動いていた。
そして呂律が全く回っておらず早口な為、彼の話していることの一文のみ理解出来た。
「水をくれ」と。

ライドウが落ち着いた頃、第404会議室に連れて行って貰った。
そこには予想だにしない人物として人類防衛司令官アビラ、人類防衛副司令官オーシャが居た。
また名前もほとんど覚えていない有名人が多数いた。
会議室の中央には、私の同僚であり旧友でもあるザナックスが居た。
彼は私を見るなり、顎が壊れるんじゃないかと思うぐらい大きく口を開けて笑顔でこちらに来た。

私はもう何日も研究をぶっ続けていたので、ハグをするのをためらったが彼も似たような状況だった為、ハグをした。
どうしたんだ?と彼に聞くと、人類は勝利した、と彼は言った。
膨大な時間と資材を費やして、ついに人類は惑星意識に勝てる兵器、戦略結晶の生産に成功した。

この戦略結晶の原理は単純だが、単純が故に効果的だ。
惑星意識が伝播時に使う周波数帯域に対して強力な逆浸透とも言うべき存在を発生させ、
かつそれらは威力がほとんど減衰しないことから、一度使うだけで膨大な広範囲の惑星意識を一気に無効化することが可能だ。

もちろん理論上の話であり、これらは実際に使用してみないと分からない。
人類防衛司令官のアビラは早速、この兵器の実戦投入を主張した。
ザナックスはあくまでもまだプロトタイプ型なので、起爆に関して幾つか特殊な条件が必要だとアビラへ説明しつつ、私はそれらを聞きながら一つの不安を覚えていた。

我々が今までやってきた惑星意識との戦いで感じたことは、まるで人類の考え方や思考様式や技術進展度すらも把握した上での攻撃のようだったことだ。
つまるところ、惑星意識は私達が何であるか、を知っているが、私達は惑星意識が何であるか、については何も知らないのだ。

知らない相手に対して我々は勝てるのだろうか?
ましてや人類は、本当に人類を正しく理解し、知っていると言えるのだろうか?

我々が惑星意識に勝つには、兵器や反撃ではなく、我々自身への理解を深めることではないだろうか。
つまり、我々人類が人類と言う物を理解した時、我々は初めて惑星意識に対してこのように主張出来るのである。
「私達は人類である」と。

<– 惑星意識戦争 戦時記録ファイル 日時抹消データ 研究員の日記より –>

想いの総和

答えが何になるかは知らないし、それが何のために存在するか少女は知らなかった。
彼女の目的は、壁に書かれている想いを伝えることだった。

壁は定期的に室内に送られてくる。
壁とは小型で、少女の両手で何とか持てる大きさであり、わずかな面積に恐ろしいほどの情報量が書き込まれている。
毎回、この壁と初対面になる時だけが彼女にとって苦痛だった。

まさしくありとあらゆる感情が壁には刻まれていた。
過渡な情報量は脳の処理能力を一時的に超え、シャットダウンするよう脳が提案する。
彼女は深呼吸し、心を落ち着け、過剰情報の処理を行う。

壁の情報を読み解くのには5日ほどかかる。
解読するころにはようやく想いを理解出来る。
「この人は、想いを整理しつつある」
そう感想を述べると、部屋のドアを開けて小型二足歩行ロボットが進入する。
「名無しの少女、解読を終えたか」
ロボットの問いかけに、少女は読み解いた要約情報をまとめた記憶チップで返信する。
「今回もご苦労、明日また想いを届ける。今回の報酬だ」
ロボットがそう言うと、部屋のドアを開けて別のロボットが食器を運んでくる。
そこには食料と飲料がまとめてられている。
それを受け取りつつ、少女はロボットに聞いた。
「私はあとどれぐらいここにいるの?」
「想いが総和に達するまでだ」
「それはいつになるの?」
その問いかけにロボットは返信しなかった。
代わりに別の記憶チップを渡してくる。
「次の壁はこのチップにまとめるように」

少女は繰り返し繰り返し、壁に刻まれた膨大な文字情報を要約し、自分を通して記憶チップの限られた記憶領域に想いを刻んだ。
「私はたくさんの想いを受けてきた、私も想いを届けたい」
そう感想を述べると、部屋のドアを開けて小型二足歩行ロボットが進入する。
「ご苦労。次のフェーズに移ることが決定された」
そう言ってロボットは少女の腕を掴んで立ち上がらせる。
少女は、ロボットに訪ねた。
「想いは総和に達したの?」
「私達は様々な情動情報の受信によって全ては飽和すると考えていたが、送信によっても飽和すると確信した」
ロボットは少女の電磁拘束具を解除し、部屋の外へ連れ出した。
少女は不安ながらもゆっくりと歩き出す、部屋の外からは眩しいぐらい強い光が降り注ぐ。
「私も誰かに想いを届けられるの?」
「この悪意ある惑星の中で、想いは様々な形式で自他に感情をもたらす」
ロボットは遮光メガネを取り出し、少女の頭部にゆっくりと装着させた。
少女は遮光メガネに挟まった髪の毛を手櫛で解きながら、前を向いた。
遮光メガネをかけていても、光量が多くまともに前方視界が確保出来ない。
さらに部屋の外から聞いたことが無いような音が聞こえる。
少女はロボットの腕に強くしがみついた。
「この先に何があるの?」
ロボットは何も文字が書かれていない壁を少女に手渡しながら、少女を先導した。
「私達の想いです」
少女の手足が震える。
私達の存在は究極的には弱いのだ。
それを今実感している。
ロボットは少女の振動を読み取り、声をかけた。
「一緒に行きましょう」
少女は震えながらも、ロボットに対して微笑みかけた。
この微笑みはロボットにとって計画外の微笑みだった。
これについてロボットは反応を示そうと形容詞の選択肢が数多に出現したが、それについて外部出力する判断基準は存在しなかった。

想いとは何なのだろう?
私達は惑星意識に絡め取られ、人類は巨大な檻の中で蒸し焼きされるようにゆっくりと、しかし確実にその魂を天に届けている。
これに何の意味があるのだろう?私達は惑星と対話出来るのだろうか?そもそも惑星とは何なのだろうか。

意識との対話は常に開かれている。
想いの総和は必ずしも届かない。
意識はいずれ切断され、想いは濁流のごとく無残に流される。
それでも私達は万の想いの一つでも届くことを信じて、この繰り返される想いが誰かにいつか届くであろうと、純粋に信仰している。

ロボットに先導されて外に出た少女は、初めて見る世界を前に言葉を発した。
「こんにちは、世界」

<– 惑星意識戦争 戦時記録ファイル 日時抹消データ 計画中断前人類意識保全計画最終報告より –>